水畑宏之さんをしのんで


 さる3月18日、日本トライアスロン連合(JTU)事業企画委員長 水畑宏之さんとのお別れの会が開催されました。アジアで初の開催となる1998年のロングディスタンストライアスロン世界選手権大会の開催地に佐渡が選ばれ、JTU技術委員として水畑さんが佐渡へ派遣されてきたのが最初の出会いでした。約1年間の派遣期間には国際トライアスロン連合(ITU)の方針と佐渡の実情との大きなギャップを埋めること、全国から集結した審判団とのすり合わせなど、さまざまな課題の解決は困難を極めたことと思いますが、昼夜を問わずあらゆる課題を高いレベルで調整していただきました。その結果、大会当日は世界29カ国から約250人の選手・役員が来島され、会場の雰囲気は英語の実況と快適なBGMが流れ、「まるでトライアスロン発祥の米国西海岸にいるようだ」と言われるほどでした。同時に多くの海外の報道機関を通して、世界130カ国に大会の情報、佐渡の文化が発信され、大会は大成功を収めることができました。  日本、佐渡そして水畑さんの夢がかなった瞬間でした。
 それ以来、毎年佐渡大会に派遣され、様々な場面で的確なアドバイスをいただきました。ある年の大会直前に「運営側はバタバタするのは当然ですが、皆さんの立ち姿は常に多くの参加者、スタッフや観客から見られていることを意識してください。白鳥のように水面下では水かきを絶えず動かしていても、水面上では優雅に落ち着いて振舞ってほしい。」とスタッフに話されたことがありました。この言葉は常に落ち着き、誰に対しても紳士的な対応をされている水畑さんの人格が感じられる場面でした。お別れはつらいですが、現在の佐渡大会には水畑さんの夢とDNAが確実に受け継がれて未来へと進化していきます。
 水畑さん、ありがとう、そしてゆっくり休んでください。
 

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